新年度が始まったと思ったら、もう一ヶ月が過ぎてしまいました。早いものです。今年度より仲間に加わったスタッフも、少しずつ職場に慣れてきているようです。
今年度は、4月当初から猛烈に福祉の店などの催事の予定が詰まっており、非常に慌ただしいスタートとなりました。私たちの施設は西三河の福祉の店の主管を務めているため、お店との打合せから参加募集・企画運営まですべてこなさなければなりません。非常にハードワークですが、スタッフには利用者さんのために頑張るということの楽しさを知ってほしいと思います。
さて、先日、見慣れないおじさんが私たちの施設を訪ねてくれたと思ったら、なんと10数年ぶりに再開した、学園時代の僕の教え子でした。児童の入所施設に25年間いましたから、沢山の子どもたちが社会に巣立っています。その中の一人でした。
彼は、小学校2年生の時から親元を離れ施設で暮らし、高等部を出て就職を決めるとともにお家に帰りました。10年間という長い年月を共に過ごしてきましたから、仲間のような家族ようで、昔話に花が咲きました。
彼が高等部時代は、愛知県でも有数のソフトボールの剛速球ピッチャーで、彼に任せておけば常に勝利する、常勝チームを僕は率いていました。監督と言っても、練習から試合まで全て彼が仕切ってくれるのですから、ただ引率すればよいだけで、こちらこそとっても良い経験をさせてくれたと感謝しています。そんな思い出話をして二人で笑っていました。
そういう彼ですから、卒園生の中でもとても優秀な人で、僕の関わった子どもたちの中で、数少ない自動車免許をとれた人なんです。だから授産所にも愛車でやって来てくれました。確か、免許を取った時も、職場の先輩に教習本に全部ふりガナを振ってもらい、全部丸暗記して取った頑張り屋です。
彼は、パソコンで偶然「障がい者」「施設」と検索したら、僕の名前を見つけて、このホームページを覗き、高浜の授産施設で「ぱりまる」を作っているという記事を読んで、応援してやろうと電話でいっぱい「ぱりまる」を注文してくれました。職場で仲間に紹介してくれるそうです。その代金をわざわざ岡崎から持ってきてくれたんです。持つべきものは教え子…。 学園時代は、怖い職員でごめんよ。あはは
彼らは彼らのネットワークがありますから、なつかしい卒園生の消息を色々教えてもらいました。厳しい時代に、頑張って働き生活している人もいれば、結婚して、離婚して…や、発病して病院に入ったり、職を失って施設に舞い戻ったりなどという人たちも沢山いるそうです。
僕たちは、親御さんより長い年月、彼らの人生につきあってきましたから、彼らにとっては僕たちの存在自体が故郷のようなもので、特に学園は小原の山の中に移転してしまいましたから、彼曰く「小原の新しい学園に行っても、思い出も無いし、知ってる職員も殆どいないし、つまらない…。」と話します。
僕たちでも、何年も会わなかった学生時代の仲間と久しぶりに出会っても、すぐに昔に戻り、盛り上がりますよね。彼にとって、育った場所が無くなり、思い出話をする相手が、年々少なくなってくるというのは、きっと寂しい限りでしょう。
ですから、大いに昔話で盛り上がり、昼食のラーメン&唐揚げをおごってやり、今度は学園の夏祭りにおいでと誘ってあげました。
彼らの人生が、楽しく、豊かなものであってほしいと心から願いました。
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